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花を歌う歌姫

鎌倉を訪れた。
ちょうと紫陽花のシーズン、「雨の鎌倉」とはいかなかったものの、ゆっくり久し振りの鎌倉を散策しようかと楽しみにしていた。
…が、果たしてそよなほまれさんが出演するライブの開場時間に合わせて到着することとなった。

彼女を知ったのはインターネットのライブ配信サイト。
歌う人の「部屋」をひととおり訪ねて回っていた時だった。
彼女の「部屋」を訪れた時、ちょうど彼女が歌っていた。
もうその刹那「これからずっと彼女の歌を聴き続けたい」と感じたのを覚えている。
落ち着いた声質で伸びがあり、柔らかなビブラートが心地よい。
また、音感も良く、男性の曲を歌っても低音で響きが抜けることがない。
スロー~ミディアムテンポの歌に合いそうな声質ながら、言葉も明瞭なのでアップテンポの曲も気持ちいい。

自作の曲を弾き語りで演奏する彼女だけれど、当時まだ大学生だった彼女は「歌手」として活動する足がかりの為に、そのサイト上のオーディションイベントに参加していて、オーディションを優先する為に自身のライブ活動は行っていなかった。
電波越し(笑)ディスプレイ越し(笑)で聴くだけでも彼女の歌声は素敵だけれど、一日も早く「直接」その歌声を聴ける日が来ることを切に願って、自分もそのイベントに懸ける彼女を応援していた。
そして、ようやく念願の日となった。

鎌倉モダンと勝手に呼びたくなるような綺麗なカフェ。
ライブ会場はその二階。
階段を上がると、偶然彼女が出迎えてくれた。
初対面だというのに、言葉を交わす前に彼女が自分に気付き、自然とお喋りが弾んだ。
明るさと気遣い、彼女の人となりもまた素晴らしい。

ステージには、木目を残した猫足のアップライトピアノが置かれていた。
それはこの店のを雰囲気にとてもマッチしていたし、また、彼女の歌にもよく似合う。
出演者三人の内、このピアノを弾いたのが彼女だけだったことが勿体無い。

果たして彼女の演奏は、勿論素敵なものだった。
インターネット配信を通して知っていた自作の曲。
いづれの曲も花の名前がタイトルに付けられている。
優しいメロディー、等身大の言葉。
柔らかくも芯のある歌声。
この店で頂いたカヴァとピンチョスの味も手伝って(笑)とても幸せな気持ちにさせてくれた。

いつものように、彼女の曲の歌詞を紹介したいところだけれど、未だメディアとしてリリースされていないので正確な表記が判らないのが残念。
とはいえ、彼女のライブに訪れる機会が続くので、本人から歌詞を貰おうかな。


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月を歌う歌姫とインターネット難民

雪の佐久平から帰京。

1月から佐久に勤務地が変わり、相変わらず慌ただしく過ごしていたけれど、ついに大波が来た。
いや、長野には海が無いから…山場が訪れた(笑)
そして、いきなり成果が出た(笑)
気分がいいので久し振りにブログを書くことした(笑)
あと一ヶ月、更に盛り上がる山に立ち向かわなければならないので、自分に鞭を入れる意味でも。


なかなかプライベートの時間を満喫できない中で、最近、応援するアーティストが増えた。
昨年末あたりからインターネットのライブ配信サイト(とでもいえばいいのか)によく訪れている。
そのサイトの中で偶然彼女の配信を訪れた時、すぐにその歌声に惚れ込んでしまった。
このブログではこれまで登場していないタイプの歌い手だ。
自分の耳を捉えたのは、失恋を歌ったオリジナルのスローナンバーだったけれど、艶っぽく強い響きの歌声ながら、ビブラートやブレスノイズがなんとも切ない。
一方で、その声を活かしたアッパーの曲もかっこいい。
洋楽のスタンダード曲も、国内のアーティストの曲も、時にはアニメソングまで(笑)まるで自分の持ち歌のように歌いこなす姿に、こう感じたのだ。
『出合ってしまった』と。
明るいキャラでサービス精神もあってお喋りも楽しい。
これはもう絶対にライブに行きたい!
という気持ちで堪らなくなった。

彼女は大阪出身で、東京と大阪を行き来して活動しているとのこと。
自分自身がなかなか東京にいないながら、チャンスは思いの外早くに訪れた。
グランドピアノが置かれた自分も好きなライブハウスで、弾き語りでの演奏だった。
彼女はピアノの腕前も素晴らしい。
彼女にはオケもバンドも要らない、ピアノさえ与えておけばそれはもうご機嫌な演奏をしてしまう。
強いタイプのヴォーカリストでここまで心惹かれた人は他にいなかったかも知れない。
そして、何より嬉しいことが彼女も月を歌うということだ。

堀望美さん「alone ~月と海の間で」

『誰もいない 孤独の海に
 たった一人 溺れても
 悲しいくらい 苦しいくらい
 君を想って 月を見上げた』


さて、件のライブ配信サイトだけれど、エンターテインメント性が高く、中毒的に癖になる仕組みだ。
彼女のような歌い手に出会えたあたりとても興味深く、自宅にいる間はよく訪れている。
一方で、サイト自体のデータが重く、十分な回線環境下でないと満足に視聴出来ない。
今の出張先では、フレームだけは映っても、本人の画像も映らなければ、音声も聞こえない。
ま、お陰で夜更かしせずに済んでいるのだから、ある意味で有り難いことだけれど…

インターネットの仕事をしていながら、自分自身がインターネットに一喜一憂する日々が、可笑しいやら苛立つやら…
そんな中、仙台や郡山のようにライブハウスがあるわけでも、松本や青森のように食の楽しみが豊富なわけでもない土地で、美味しい地酒には出会えた。
茜さすweb.jpg
もっぱらこいつが佐久での夜の供というわけだ(笑)



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神に歌を捧ぐ

かつて、音楽を師事した方がこんな問いを投げかけた。

『歌の起源は何だと思う?』

と。
自分は単純に「仕事唄では?」と思ったけれど、彼女はこう続けた。

『祈り、ではないか』

と。
その手があったか! と自分の浅はかな回答を恥じたけれど、このエピソードを自分は一生忘れることは無いだろう。

起源であるかはともかく、世の東西を問わず歌が祈りと共に発展したことは事実だ。
西洋音楽を演奏する、特に歌を歌う者にとって、その背景にある信仰を理解することは不可欠だ。
「日本人に西洋音楽は理解できない。つまり日本人に西洋人を感動させるような演奏は出来ない」と言われた時代があった。
現代でも、我々日本人演奏家達のヨーロッパコンプレックスは根強い。
自分は信仰は中立的だけれど、西洋音楽を愛している。
しかし、これまでの音楽活動の中で「ヨーロッパの教会で」きちんとコンサートを行った経験は無かった。
それがハンブルグで叶ったのだ。

今回の会場がここ、ハンブルグ アルトナの聖ペトリ教会。
アルトナ聖ペトリ教会IMG_6922.jpg
パリ モンマルトルのサクレ・クール寺院よりも古い130年の歴史を持つらしい。
「ヨーロッパの教会」で歌うことの意味とは。
キリスト教文化を育んだ風土、つまり日本では梅雨時の6月にあって比較的乾燥した空気と石造りの建造物がもたらす音響効果、そして何よりこの場所自体が神に通じているというおごそかさは日本の教会で感じるものとまた異なるものだ。
アルトナ聖ペトリ教会IMG_6925.jpg

今回のコンサートは、現地の合唱団 KANEMAKI-CHOR の主催ながら、「和」と題され、合同演奏会の体裁を取った。
ハングルグIMG_6944.jpg
交互にステージに立つ構成の中で、それは我々三月会(さんげつかい)の第一ステージのまさに一曲目で起こった。
Charles Gounod の“Gloria”の演奏は我々自身にとっても幸せな体験だった。
聖ペトリ教会の音響の心地好さは前日のリハーサルで既に体験していたけれど、本番の演奏ではメンバー全員がそれを上回る何かを感じていた。
これがいつもの国内のホールでの演奏だったら、「本番マジック」と笑っただろう。
しかし、この時は違った。
信仰を持たない自分達が歌う神を讃える歌を、きっと神自身が聴いていたのだ。
一曲を歌い終えて充足感に浸ろうかと深く息を吸い込んだ刹那、我々を迎えたのが、演奏以上に響き渡る聴衆の皆さんのスタンディングオベーションだった。
それは一体どれだけの時間続いていたのだろう。
次の曲を歌おうにも拍手が鳴り止まない。
神だけではない。
本場ヨーロッパの聴衆の皆さんが、日本人である我々の、しかも彼等の伝統文化である宗教音楽の演奏を受け入れてくれたのだ。
こんなに幸せなことは無い。

この後、我々はいづれも有名な宗教曲、オペラアリア、歌曲を歌い、第二ステージでは日本の歌を披露した。
KANEMAKI-CHOR による第一ステージでは、自分も大好きな Gabriel Fauré の“Cantique de Jean Racine”(邦題:「ラシーヌの雅歌」)などが歌われ、第二ステージでは現代宗教曲やメンバー作曲によるオリジナル曲が披露され、こちらも勿論素敵な演奏だった。

演奏を終えた後の打ち上げ会場で聞いた話だ。
現地の聴衆は耳が肥えている。
反応も露骨だ。
お世辞やお義理であんなに熱狂的な拍手はしない。
と。

このブログ上では色々な出来事を割愛したけれど、現地の文化に触れるという今回の旅の目的は果たされた。
このコンサートへの参加を誘って頂いた大先輩はじめ、参加を受け入れて頂いたメンバー全員と全ての関係者に感謝の意を表して、ヨーロッパ旅行記を一旦(ようやく 笑)終えることにしよう。
皆さん、本当にお世話になりました。
自分は幸せ者です。
ありがとうございました。


来年にはパリでのコンサートが計画されている。
参加できるかどうかは未定だけれど。
舞台が用意されているというだけでワクワクしている。


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祈りの日

かつての教会暦では、25日の夜は既にクリスマスは終わっているけれど、今夜はクリスマスの名残を穏やかに楽しむことが叶った。

松本英子さんの年末恒例のライブが、今年は10月から始まったマンスリーライブの最終回として行われた。
会場は地上三階、外壁は全面のガラス張り。
決して広くはないモダンなイベントスペースには、それでもグランドピアノが置かれている。
今回は、このピアノとアコースティックギターを従えてのアコースティックトリオだ。
このところ、ロック系のライブハウスを訪れることが多かったので、こういった純粋に音楽と向き合うような環境は心地好い。

キャリアを積むと歌い方が変わる歌い手は多い。
けれど、彼女の透明でまっすぐな歌声は曇ることが無い。
いや、素晴らしいのは声だけではない。
やはりその歌なのだ。
彼女の活動をなぞるようなセットリストはもう何度も何度も聴いた大好きな曲ばかりだったけれど、改めてライブで聴く彼女の歌声は胸を打つ。
特に、アンコール曲として歌われた曲は、今年2月に長野の善光寺での奉納演奏に際し、彼女自身によって書き下ろされた曲。

祈り灯

いつものように歌詞を抜粋することは止そう。
このブログの読者の皆さんには、是非彼女のライブに訪れてこの曲を聴いて欲しい。
或いは、この曲が音源化された際には、是非手に取って聴いて欲しい。
ここでは、彼女がこの曲を紹介した際の言葉だけ引用しよう。

『クリスマスのこの日に、この歌が皆さんにどのように響くでしょうか』



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歌が聞こえる

ここ数日、月が見える夜が続いている。
今日も雨上がりの夜空にこんなに美しく月が輝いていた。
月IMG_3722web.jpg
この後、雲が空を覆ってしまった。
いっときの月光浴となったけれど、安らぎを感じると共に前向きな感覚をおぼえた。

今週末、ハンブルグ以来半年振りのステージに立つ。
短いゲスト出演の為、演目はハンブルグでの演目からの抜粋だけれど。
しかし、主催グループとの合同で、東日本大震災復興支援チャリティーソングの「花は咲く」を歌うこととなった。
この曲に触れる機会は勿論何度も有ったけれど、自分で歌うのは今回が初めてだ。
この曲を作ったのが共に仙台出身のお二人、作詞が岩井俊二さん、作曲が菅野よう子さんなのだけれど、この二人をして完成したのがこのなんとも優しい歌だということに複雑な思いもよぎったり…

『誰かの歌が聞こえる
 誰かを励ましてる
 誰かの笑顔が見える』

――――――――――――――――――――――

もう半年前のことになってしまったけれど、ハンブルグの話の続きをいい加減書いておこう(苦笑)

空き時間に町を散策した際の写真を。
ハンブルグIMG_6928.jpg
どうやら現地入りする一週間前まで国際音楽祭が行われていたらしい(情報不足…)

ハンブルグの白鳥IMG_6933web.jpg
湖岸で出会った、みにくいアヒルの…子が隠れて見えてない…

ハンブルグIMG_6872web.jpg
ブラームス博物館のファサードと
ブラームスのピアノIMG_6892web.jpg
館内のピアノ。
自分はピアニストではないので、この貴重なピアノを試奏することは遠慮した。

ハンブルグの紫陽花IMG_6915web.jpg
広大な公園の一角に美しく咲く日本の花。

通りに出ると“Can't Take my Eyes off You”のメロディーを陽気に合唱する声が聞こえた。
彼等だった。
ハンブルグIMG_6916web.jpg
こちらのカメラに気付き、この一枚。
自分で漕ぐビール屋台。
混ざりたかった(笑)

落ちが付いたところで、コンサートの話は、また次回(苦笑)


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